心霊スポット【山口】錦帯橋は人柱を立てて造られた背景がある橋

錦帯橋の写真

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錦帯橋は、山口県岩国市にある橋で、


1673年に錦川が流れる場所に創建。


アーチ状になっているのが特徴で、


日本三名橋の一つとなっており、多くの人が訪れる観光地である。

【住所】山口県岩国市岩国1丁目5-16

錦帯橋はどのように造られたか?

錦帯橋の裏側

アーチ状を5連続させたような橋で、


全長193.3メートル、幅は5.0メートル、


構造は主に組木の技術で出来ていて、釘は一本も使われていない。


杭州にある、西湖の錦帯橋からヒントを得て造られており、


そことは姉妹橋にあたる。


1673年に建造されていて、


初代岩国領主である吉川広家が岩国城を築城したとき、


城下町を繋ぐ橋があったのだが、


何回造っても錦川の洪水のよって壊れてしまっていた。


そこで3代領主、吉川広嘉が洪水に耐えられる橋を作る事を決意。


流失を回避する方法として、橋脚を無くす方法が出てきて、


別の場所にその橋脚の無いはね橋「猿橋」があったため、


そこの調査を、大工の児玉九郎右衛門に任せる。


しかし、はね橋を造る上で錦川の場合、条件が厳しかった。


その後、杭州の西湖に6連アーチの橋がある事が分かり、


そこから今の錦帯橋の構造のヒントを得て造られる。


出来た後でも1674年に洪水による流失が発生し、その際に橋台の敷石を強化・再建。


この改良により、以降は250年以上壊れることなく、現在に至る。

錦帯橋を再建する時、2人の姉妹が人柱になった

オーマイガー!

1673年に流失した錦帯橋を再建する際、


ある武士が、自身が人柱になろう、


と願い出た事があった。


しかし、人柱になったのはその武士ではなく、


その武士の姉妹の娘2人が、白装束で代わりに橋から身を投げた。


これによって、300年近く流失しなかったとも言われる。


この話から、錦帯橋の下に流れる川から、


姉妹の生まれ変わりとされる「人形石」が取れるという。

この錦帯橋の付近に処刑場があった?

満月

昔、錦帯橋の付近に処刑場があり、


その影響から、橋で写真を撮ると霊が写ると言われている。


一応調べてみたんですが、処刑場についての記事が無かったので、


恐らく、近くにある処刑場跡の話と混合している可能性がありますね。


岩国市では実際に、「引地峠処刑場跡」が存在するため、


もしかしたらそこと混ぜてしまっているかもしれません。


まあ真意は分かりませんが、


もしこの地に詳しい方いらっしゃいましたら、


コメントで教えてくださると幸いです。

真意は不明だが、観光地で多くの人が来ることに変わりない

川

心霊マニアからしたら、ここは心霊スポットとして見てしまっていますが、


それでもこの錦帯橋は、


日本三名橋」「日本三大奇橋」として有名で、


多くの人が観光に訪れる地になっております。


なので、そういう名目で来ることがあっても、


多くの観光客がやってくる場所になるので、


変に騒いで、この橋の評価、価値を下げるような行為はやめましょう。


逆に昼間は下に川が流れている事もあり、


気持ちのいい風を感じる事ができると思いますし、


5連アーチの橋という、世界的に見ても珍しい橋なので、


普通に観光として訪れるのがベストであると言えます。

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