心霊スポット【沖縄】沖縄陸軍病院南風原壕群20号は遊び半分で入ってはいけない

防空房

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沖縄陸軍病院南風原壕群20号は、沖縄県島尻郡にある防空壕。


1945年に沖縄諸島に上陸した、米軍と英軍を中心に組まれた連合軍と日本軍の戦いが起きた


「沖縄戦」があったのですが、その戦争に備えて作られたものとなります。


ここは心霊スポットとして有名で、肝試しで来る若者が多いとのこと。

【住所】沖縄県島尻郡南風原町喜屋武300

沖縄陸軍病院南風原壕群20号の歴史とその悲しさ

歴史

沖縄陸軍病院南風原壕群20号(旧陸軍病院壕跡)は


沖縄戦の際、数千名のケガ人が運び込まれたんですが


この時代は当然、医療は発達はしていなく


麻酔が打たれていない状態で、手術、手足の切断が行われていた。


みなさんも想像してみれば、そのキツさがよく理解できるのではないでしょうか?


そして、日本対連合軍の戦いの中、


米軍の侵攻が進み、沖縄陸軍病院は南部へ撤退。


その際、中には連れていく事が出来ない重症患者が多くいたのですが


青酸カリを使った自決を強制され、


これにより、取り残された多くの患者が亡くなってしまいました。


普通に考えたら理解できると思いますが、


このような形で死ななければならないと考えた時


無念、未練を残した状態になるのは容易に想像できますよね。


今の時代、自分が選んだ道の中で、


「自分はこういった事を達成し、こういった死に方をしたい」


という風に決める事がある程度は出来ます。


しかし、沖縄戦の時代の時は、それ自体も許されないような


環境というか、運命にあったわけですよ。


そう考えたら、こんなキツイ事はない。

沖縄陸軍病院南風原壕群20号は霊感がある人は行ってはいけない

バツの印

これは、霊感があろうが無かろうが関係ありません。


理由は、先ほどもお伝えしたように


自分が望んでいない人生の終わり方を、強制的に決めさせられ、


ある意味自ら命を絶ってしまう、その選択しか無いまま死ぬしかなかった。


無念すぎるし、何か使命を果たしてから死にたかった


と、犠牲になった方々は思っていたはずです。


なので、そういった背景により、霊感がある人は特にですが


見学で来た場合でも、本当に気持ち悪くなってしまう人が多いそうです。


中に入ってから霊を見たという人もいるようです。


そして、霊感が無い人でも、その背景・歴史を知らない人間が


遊び半分、肝試しで来た時は


帰りに事故に遭ったり、憑りつかれる可能性が非常に高い。


それだけ、その場には非常に強い念が残っている。

現在は平和教育の場として使われている

広島平和記念公園の原爆死没者慰霊碑

沖縄陸軍病院南風原壕群20号(旧陸軍病院壕跡)では現在、


沖縄戦の事を後世に繋げるために、2007年6月から一般公開を始めた。


主に、南風原文化センターのよる、沖縄陸軍病院の様子を再現した模型、


町内の壕からでてきた物、生き残った人の体験談を展示。


見学自体は予約となっていて、入った際は平和ガイドさんが案内してくださり


見学中は壕の保全のためにヘルメット着用、懐中電灯(貸し出し)を持っていく形になっている。


とにもかくにも、


この場所では、沖縄戦での悲しい歴史が渦巻く環境であることから


肝試しとして、遊び半分で行くことは絶対に勧めない。


もし行くのであれば、犠牲になった方々の成仏を願うと同時に


この悲しき歴史を、もう二度と繰り返さないために


各々が戦争に対し、今一度考えるため、


後世に伝えるために知る。


そういった形で行っていただきたいなと思います。

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