八幡の藪知らずは失踪事件が起きたヤバイ場所?その真相を伝説と共に徹底解説!

八幡の藪知らずの写真
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あなたは『禁足地』と言われる場所があるのをご存知でしょうか。禁足地とは簡単に言えば足を踏み入れてはいけない領域のことを指します。

 

禁足地と言われる場所は世界中にあり、日本では

  • 東京都世田谷区➔第六天の森跡の切り株
  • 宮崎県高千穂町➔ 天岩戸

などが有名です。そして禁足地の中でも恐らくトップクラスに有名なのが、千葉県市川市にある『八幡の藪知らず(やわたのやぶしらず)』でしょう。

 

この八幡の藪知らずは江戸時代から禁足地と言われていますが、この場所で『ある事件』が起きたことにより、一段とその伝説が現実化するような形となったと言われています。

 

そこで今回は、この八幡の藪知らずで起きた事件についての真相と共に八幡の藪知らずの伝説について詳しく解説していきたいと思います。

八幡の藪知らずとは?

本

『八幡の藪知らず』は千葉県市川市八幡にある森のことを指すのですが、ここは正式名称として『不知八幡森(しらずやわたのもり)』となっています。

 

現在は『不知森神社(しらずもりじんじゃ)』と言われる神社がある区画のみ入ることが許されている状態になっています。

 

八幡の藪知らずは江戸時代から禁足地として有名になっており、さまざまな伝説が存在しています。特に有名なのは『神隠し伝説』でしょう。

 

八幡の藪知らずの伝説に関しては、神隠し伝説も含めてのちほど詳しく解説していきます。

八幡の藪知らずと女子高生失踪事件

オーマイガー!

八幡の藪知らずでは神隠し伝説が有名であると言いましたが、その神隠し伝説が現実化したかのような事件が起きたと言われており、それが『茂原市の女子高生失踪事件』です。

 

内容としては、2013年7月11日に千葉県茂原市に住む女子高生が行方不明となり、その2ヶ月後である9月26日に『ある神社』にて発見された、という事件になります。

 

そして、この女子高生が77日後に発見された神社というのが、八幡の藪知らずの『不知森神社』だと言われているのです。

 

そして、77日間もの間誰にも発見されることなくいきなり神社で見つかったため、『神隠しではないか?』と当時はネット上で騒がれました。

結論として女子高性失踪事件と八幡の藪知らずは関係ない

この八幡の藪知らずで起きたとされる女子高生失踪事件についてですが、先に結論だけ申し上げますと、八幡の藪知らずと女子高生失踪事件の関係性は一切ございません。

 

理由としては、女子高生が発見された神社というのが、自宅から約400メートル先にある茂原市の『日枝神社(ひえじんじゃ)』だからです。

 

つまり、失踪事件が起きた舞台は茂原市であり、八幡の藪知らずがある場所は市川市になるので、距離的に見ても全く違う場所であることが分かります。

 

ただ、この失踪事件に関しては、見つかった神社は違えど『神隠しが起きたんじゃないか?と思われても感覚的には不思議ではありません。

 

なぜなら、実際問題この女子高生失踪事件に至っては謎が非常に多いからです。

 

なので、ここからはこの『茂原市女子高生失踪事件』について詳しく解説していこうと思います。

女子高生失踪事件の真相とは?

ビックリする女性

女子高生失踪事件は冒頭でもお伝えしているように、2013年7月11日に失踪が発覚し、77日後の9月26日に発見されたという事件になります。

 

その方の名前は当時高校3年生であった中川沙弥香さんで、失踪時は受験前の時でした。この事件に関しては多くの憶測が飛び交っていますが、特に

 

なぜ自宅から400メートルしかないのに、77日間も発見されることが無かったのか

 

ここが最も謎となっています。果たしてその真相とは何なのでしょうか。

女子高生失踪事件は2013年7月11日に起きた

当時高校3年生であった中川沙弥香さんは7月11日、学校から帰ってくる際に最寄りの駅で下りたあといきなり姿を消してしまいます。

 

これは最寄りの駅周辺に設置されている防犯カメラがその最後を捉えていました。

 

中川沙弥香さんはこの時1500円の所持金と、学校で収穫したトマトを袋2つ分のみ持っている状態だったそうです。

有力な手掛かりが見つからず100人態勢の公開捜査を行う

7月11日に姿を消したあと、家に帰ってくることがなかったため、中川沙弥香さんのご両親はその2日後に警察へ捜索願を提出。

 

警察の手による捜索が始まりますが、有力な情報が得られなかったため、8月7日に警察は中川さんの当時の格好を示しつつ、100人態勢での捜査を行うことにしました。

 

ご両親もそのなかで情報提供を呼び掛けるビラを配りつつ捜索していたそうです。

失踪事件が起きてから2ヶ月後にある神社で中川沙弥香さんは発見される

8月7日より100人態勢での捜索が開始され、ご両親も街中でビラを配って情報提供を呼び掛けましたが、それでも中川さんは見つかりません。

 

しかし、7月11日から77日後である9月26日に事態は急変します。

 

茂原市にある『日枝神社にて、お供え物を交換する時期になった関係で日枝神社にやってきていた飯塚眞敏さんが、社の中で倒れている中川さんを発見します。

 

発見した際の中川さんの状態としては、上から下まで全身が泥だらけになっていて、まるでホームレスのようであったとコメントされていました。

 

話によれば、飯塚さんは愛犬を連れていた際に社の前を通ると、愛犬が社に向かって何回も吠えていたそうです。

 

時期としては8月の終わり頃の時だったそうで、恐らく社の中に中川さんが居たのだろうと今では思っているとのこと。

 

さらに発見時として中川さんはかなり痩せ細ってしまい、45kgあった体重が31kgにまで減ってしまっていたそうで、医師の話ではあと少し発見が遅れていれば手遅れであったと指摘しています。

77日間もの間千葉県茂原市の日枝神社に居続けたのか

今回の失踪事件において謎となるのは、一つ目として自宅から400メートル先の日枝神社に居たにも関わらず、誰一人として77日間の間中川沙弥香さんを見つけられなかったこと。

 

誰一人見つけられなかったということは、77日間ずっと日枝神社から動かずに居た、ということになると思います。

 

しかし、これはほぼ不可能でしょう。

 

理由としては、失踪当時は学校の農園で収穫したトマトと1500円の所持金しかなかったため、どう考えても体が持つとは考えにくいからです。

 

ましてや真夏の気温と、虫の多さで考えれば、外に出たくなるはず。

 

発見時社の中にはコンビニで買ったような袋も無かったため、神社から外へ出た可能性は低くなります。

 

ですが、一応警察の調べに対して中川さんは、

  • 畑の野菜を食べた
  • 水は近くの駐車場の水道で対応した
  • 社の中にずっと居た

と答えたとのことで、社から外に出ていること自体は間違いないでしょう。

 

しかし、だとすれば誰かと会ってしまってもおかしくないはずですが、考えれば考えるほど謎が深まりますね。

なぜ中川沙弥香さんは77日間家出することになったのか

どうやって77日間過ごしたのかということも気になりますが、そもそも、

 

ここまで長く家に帰らなかった原因が何なのか

 

ということに関して気になる人も居るのではないでしょうか。

 

警察側としては家出として処理しているため、中川さんが『家出した』と話したということでしょう。

 

とするなら、

  • なぜここまで長い期間家出し続けたのか
  • 亡くなってもおかしくないほどの状態になってまで帰らなかったのか

という話になります。

 

色々と説はあるんですが、一番有力説として高いのが

 

親が統一宗教に入っていたため

 

と言われています。実際に母親がとある宗教にハマっていて、それを沙弥香さんが嫌がっていたという話が、NEWSポストセブンの記事では出ていました。

「A子さんは進路について深刻に悩んでいたという話もありますが、やはり家庭内に問題があったとみられています。ご両親は連れ子再婚で、兄と妹2人の4人きょうだいという家族構成。一部では、母親がある宗教の熱心な信者だったため、A子さんが嫌がったという話も出ています」(前出・全国紙社会部記者)

引用元:newsポストセブン

最終的には家出ということで失踪事件は解決しましたが、

  • 家出した理由
  • どうやってバレずに77日間過ごしたのか

この2つに関してはかなり謎めいており、未だにその真相というのは闇の中であると言えるでしょう。

八幡の藪知らずで語り継がれる伝説とは?

立ち入り禁止のテープ

ここまで女子高生失踪事件についての流れや真相を解説していきましたが、結果として八幡の藪知らずとは何一つ関係性が無かった事件でした。

 

とはいえ、八幡の藪知らずについて話を聞きたい人も居るかと思います。

 

そこで、ここからは八幡の藪知らずにおいて今でも語り継がれている伝説として、

がありますので、一つ一つ詳しく見ていきたいと思います。

水戸黄門が八幡の藪知らずの中で迷う

テレビの時代劇で有名な水戸黄門が居ますが、水戸黄門がこの八幡の藪知らずの伝承を聞き、『そんなわけあるか!』と思ってやってきたところ、そこでは見た事もない大量の妖怪がおり、水戸黄門に襲い掛かりました。

 

水戸黄門は大量の妖怪に襲われたものの、怯えることなく平気な顔をしていたそうです。そして、そんな水戸黄門の前に『白髪の老人』が現れ、こんな事を言ったそうです。

 

禁止事項を破ってここに入ってくるとはどういうことか。そなたは貴人であるから許すが、次は許さぬ

 

老人からこう告げられ、次の瞬間、水戸黄門は八幡の藪知らずの外にいつの間にか出ていました。そしてその後、

 

この八幡の藪知らずに関しては絶対に中に入るな

 

と住民を集めて言いました。しかし、これ以降もこのような怪奇現象は続いたそうです。

八幡の藪知らずの中で神隠しに遭う

水戸黄門の伝説も有名ですが、八幡の藪知らずの伝説と言えば『神隠し』になります。

 

神隠しというのはあなたもよくご存知の通り、ある場所へ行った時に誰かが何の前触れもなくいきなり消えてしまい、二度と帰ってこないような話の事を言います。

 

そしてこの神隠しというのが、実は江戸時代の時から八幡の藪知らずでよく起きていたと言われているのです。現在は柵で覆っていて簡単に入れないようになっているので、信憑性としては十分高いかと。

 

先ほどの水戸黄門も、貴人であるからという理由で八幡の藪知らずから出てこれましたが、これがもし水戸黄門でなければ一生出てこれなかった可能性が高いです。

 

仮に神隠しに遭うとするなら、その理由としてはやはり、

 

神の住む聖域であり、決して踏み入れてはいけない

 

これではないかと思います。しかも話によれば、昔から八幡の藪知らずの周辺に住んでいる住民の方は、この神隠し伝説に関して信じているようで、誰も近づかないとされています。

 

昔はこの八幡の藪知らずに関しては、今でこそ区画が広くは無いですが、昔はもっと広くて樹海のようであったという話もありましたので、単純に迷いやすかった可能性は極めて高いと言えるでしょう。

八幡の藪知らずの中央部にて毒ガスが噴出している

八幡の藪知らずの中央部に窪みがあるのですが、そこから毒ガスが噴出しているという伝説があります。

 

この話に関しては、窪みがあるからという理由だけだそうで、信憑性としてはかなり低いと思われます。

 

実際問題、仮に毒ガスが出ているならそもそも近くを通る事すら出来ません。

 

ということを踏まえて考えてみた場合、これはあくまでも推測ですが、この場所を聖域としていたとするなら近づけないようにさせるための理由が必要になります。

 

先ほどの神隠しでも同じ事が言えるのですが、その場所に入った際に身の危険を感じる何かがあれば人はまずそこに入ろうとは思いません。

 

つまり、八幡の藪知らずの中央部に毒ガスが出ているということを広めれば、誰も入らなくなるので、そういった話をわざと作ったのではないかと個人的には思っています。

八幡の藪知らずの中央部に底なし沼がある

これも先ほどの毒ガス同様、八幡の藪知らずの中央部に窪みがあり、そこには底なし沼があるという伝説になります。

 

底なし沼に関しては、昔の場合であればそのような場所も数多くあったでしょうし、実際にハマってしまって抜け出せなくなってしまった人も居ると思われます。

 

ただ、やはり証拠となるものが無いので、これも信憑性としては低いかなというのが個人的な見解です。

 

その代わりに現在もそうなんですが、八幡の藪知らずは藪で覆われている状態にあり、地面がどうなっているのか確認が出来ません。

 

つまり、もし中に入れるようになったとして地面をくまなく散策できるようになれば、そのような場所が出てくる可能性があります。

 

そうやって考えると『伝説が本当であった』ということが、いつか分かる日がやってくるかもしれませんね。

八幡の藪知らずの中央部に放生池があった

これも八幡の藪知らずの中央部の窪みに関連した話ですが、かつて葛飾八幡宮では『放生会』が行われており、この窪みにそのがあったという伝説です。

 

放生会というのは捕まえた魚や鳥を野に放して、殺生を戒める儀式のことを言います。

 

そしてその儀式において魚を放すための池が必要で、その池をこの窪みに作ったと言われています。

 

もともとこの区域は千葉氏が治めていたのですが、千葉氏の内紛により荒廃した影響で放生会が行われなくなり、放生池を聖域として扱って人が入れないようにしたという逸話があるとされています。

八幡の藪知らずの中に平将門の墓がある

これは歴史的にみてもさまざまな意見が出てくるような説になるんですが、この八幡の藪知らずには『不知森神社』があります。そして、その神社には平将門のお墓が。

 

平将門と言えば、知る人ぞ知る『日本三大怨霊』の一人です。

 

その平将門のお墓が不知森神社にあることから、平将門の怨霊による影響を受けるため禁足地としたという伝説です。

 

Wikipediaでは伝説として、こう書かれています。

将門征伐のために布かれた八陣の法の跡説 – 陣を布いた平貞盛と藤原秀郷が乱平定後帰京に際し、地元民に「この場所は八門遁甲の死門(天地の鬼神が各方隅を循環して生殺するとの信仰に基づく8つの門のうちのひとつ)であるゆえ、今後足を踏み入れてはならない。踏み入れた者には必ず害がある」と告げて言った、とする説。

引用元:Wikipedia

これがもし本当だとすれば、何が起きるか分らないものの、間違いなく危ない事が起きるという話になります。

 

やはりこういった怨霊関連のある土地は、祟りが起きやすいのかもしれません。

「日本三大怨霊」の一人である平将門について書いている記事はこちら

祟り神が祀られている3つの神社とは?祟り神信仰ってあるの?

八幡の藪知らずのその他の伝説

上記で紹介してきた伝説は有名なものが多いですが、それ以外にも

  • 日本武尊の陣屋説
  • 平良将の墓所説
  • 昔の貴族の墓所説
  • 葛飾八幡宮の跡地説

など、この八幡の藪知らずには、真実かどうかは置いといてこれだけの伝説があるのです。

 

八幡の藪知らずの伝説自体は江戸時代の時に既にあったものですが、それ以前に関してはどうであったかは不明です。

 

つまり、江戸時代より前の時代の姿を記している書物が出てくれば一気に謎は解明されると思われますね。

八幡の藪知らずを霊視した結果

紫のオーラのイメージ画像

八幡の藪知らずには神隠しの伝説がありましたが、この伝説のように、本当に自分達が理解し得ないような力がそこにはあるのでしょうか。

 

それについて実際に霊視を行った方々がいらっしゃっていて、それが、

  • 電話占いサイトの『紫苑』の知子氏
  • 朝日ソノラマ出版『闇の検証』の中で霊視を行った寺尾玲子氏

になります。

 

まず、電話占いサイト『紫苑』で書かれている結果としては、

『八幡の藪知らず』を霊視された知子先生によると、この場所には伝説に伝えられているようなおどろおどろしい霊気は感じられず、「かつては神社が管理する神聖な禁足地のような所」とのことです。

藪の中央部には中世頃まで美しい池があり、そこへ神主さんや地元の長者が魚を放して供養するような儀式を行っているビジョンが見えたそうです。編集部で調べたところでも、かつて人間が日頃、食物としている小動物を供養するため、鳥や魚を逃がしてやる『放生会』という宗教儀式がこの地で行われていたのではないかという説が有力で、知子先生の霊視結果ともほとんど合致しました。

引用元:紫苑

 

でした。一方霊能者である寺尾玲子氏の場合は、

「そうね。しいていえば、やや左寄り中央に樹木が少なくなった場所があるでしょ。あのあたりに『異界に通じる穴の名残』はあるけどね」

「たとえば昔、何かの形で何かを祀っていて招霊のようなことをやってた場所じゃないかと思うのね」

引用元:霊能者・寺尾玲子の新都市伝説 闇の検証 第四巻 31ページ

といった感じで、どちらも別々の解釈となっていますが、言いたい事としては

 

決して悪い霊気は感じられず、神聖な場所である

 

ということだと思われます。

 

特に前者の知子氏の場合は、伝説の一つとして存在する『放生池があった説』のことをそのまま言っているかのような結果でしたので、やはり窪みが存在しており、そこに放生池があった可能性は高いのではないでしょうか。

 

八幡の藪知らずの内部はどうなっている?

八幡の藪知らずは現在どういった状態になっているのでしょうか。

 

伝説のところでも語っているのですが、現在はたくさんの竹藪に覆われており、『不知森神社』以外は内部の詳細が分かりません。

 

森の周りを柵で囲っている状態のため、不知森神社以外は立ち入りできなくなっており、調べたくても調べられないのです。

 

もし藪が無く内部が見える状態であるなら、伝説のところでも紹介した『窪み』があるかどうか分かりますね。

 

さらに毒ガスまたは底なし沼がありえたかどうかも解明できる可能性があるので、ある意味内部に関してはロマンの塊と言っても良いでしょう。

八幡の藪知らずは現在は葛飾八幡宮が管理している

八幡の藪知らずのあの土地は誰が管理しているのか気になる方も居るかと思います。

 

現在は葛飾八幡宮が管理していると言われており、伝説の中に八幡の藪知らず自体がそもそも葛飾八幡宮の跡地という説が存在しています。

 

葛飾八幡宮が管理しているという事は、そこがもともと葛飾八幡宮があった場所であり、何かしらの理由で現在のところに移設させた、ということは考えられないでしょうか。

八幡の藪知らずに入った人は居るの?

スマホを見ている女性

八幡の藪知らずは数多くの伝説があり、また心霊スポットとされたりしています。

 

とすれば、そんな八幡の藪知らずの中に入ろうとする人間がいてもおかしくはないですよね。

 

しかしながら、YouTube含めネットで見てみても、実際に八幡の藪知らずの中に入った人は見つかりませんでした。

 

やはり柵で囲まれている関係や、街のど真ん中にあることで入れる気がしないのだと思われます。

 

ましてや、いくら伝説とはいっても神社もあることから神の聖域であることは間違いないですからね。

 

入ればきっと神様から、何かしらの天罰を受けるかもしれません。

八幡の藪知らずの行き方

ここまでたくさんの伝説や霊視結果、内部の状態などをお伝えしてきましたが、最後に八幡の藪知らずに行こうと思っている方にその行き方を紹介しようと思います。

「車で来る(東から来る場合)」

  1. 京葉市川ICを下りて、その先の信号を右折
  2. 次の信号を右折して浦安市川バイパスに入る
  3. しばらく進んで行き、『東京・鎌ヶ谷・千葉・船橋』と書かれた案内板が出てくるのでその先の信号を左折
  4. 左側に竹藪が生えている場所が出てくるので、そこが「八幡の藪知らず」になります(西から来る場合は京葉市川ICで下りると浦安市川バイパスにそのまま出るので、同じように行けば着きます

「電車で来る場合」

  1. JR本八幡駅を下りて北へ向かう
  2. 国道14号線に出て東に向かって歩くと辿り着きます

まとめ:八幡の藪知らずは事件が起きてもおかしくない禁足地

今回は『八幡の藪知らず』について記事を書いてきました。八幡の藪知らずでは女子高生失踪事件が起きたとされている舞台で有名です。

 

女子高生失踪事件とは『77日間の間誰一人として見つけることが出来ず、最終的には自宅から僅か400メートル先にある神社で見つかった』という事件でした。

 

しかし、実際には女子高生が行方不明になって見つかったのは茂原市にある『日枝神社』であり、八幡の藪知らずは市川市にあるので一切関係ないという事をお伝えしました。

 

ですが、事件は関係なかったとしても八幡の藪知らずには多くの伝説があり、その伝説は現代まで語り継がれています。

 

現在、八幡の藪知らずは竹藪に覆われており、内部に関してはどうなっているかは不明です。そして柵で囲まれていて『不知八幡森』以外は立ち入り禁止になっています。

 

なので、入ってみたいという気持ちは分かりますが、そこは抑えて神社のところだけ見るようにしましょう。

 

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