ヤマタノオロチの正体は川?実在しない?物語のあらすじや伝説の剣と共に解説します
『古事記』や『日本書紀』にて登場する須佐之男命(すさのおのみこと)は、伝説として『ヤマタノオロチを退治する』という物語があります。須佐之男命は乱暴者の神様で天界より追放されてしまい、出雲の国の斐伊川に降り立ちます。
そこで須佐之男命はヤマタノオロチと戦って名誉挽回を果たすのですが、この時に戦ったヤマタノオロチが実は存在していない妖怪であると言われています。とすれば、このヤマタノオロチの正体とは一体何なのか。
そこで今回は、須佐之男命がヤマタノオロチを倒す物語のあらすじを紹介し、問題のヤマタノオロチの正体と共に伝説の剣について解説していきたいと思います。
また、最後には須佐之男命の子孫について軽く触れていこうと思いますので宜しくお願い致します。
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目次
ヤマタノオロチの意味とは?
物語を話す前に、まずはヤマタノオロチそのものについて解説していきたいと思います。ヤマタノオロチは漢字で書くと『八岐大蛇』ですが、頭と尻尾がそれぞれ8つある大きな蛇の妖怪になります。
よくヤマタノオロチに関しての間違いが多いのは、『頭が8つなら、七またでないとおかしいのではないのか?』というものです。要するに、八岐大蛇であるなら頭が9本無いとおかしいから、この場合は『七岐大蛇』じゃないの?ということです。
これは八岐大蛇の『岐』を『股』という風に解釈していて、八岐大蛇の『岐』は分かれるという意味を持ちます。つまり、8つに頭と尾が分かれた大蛇ということ。また、同じ分かれるという意味である『俣』で八俣大蛇と書かれている場合があります。
ちなみに、『おろち』という名前にも意味があり、
- 『お』は『尾』
- 『ろ』は助詞で、『の』と同じ扱い方をする
- 『ち』は霊的な意味合いを持つ
とのことで、『尾の神』という風な意味を持つとされています。
ヤマタノオロチの物語のあらすじ
では、ヤマタノオロチのことが分かったところで須佐之男命が残した物語のあらすじについて解説していきます。
須佐之男命は天界にて暴れまくったことにより高天原(たかまのはら)から追い出され、出雲の国の斐伊川の鳥髪(現在の島根、広島、鳥取の県境にある横田町あたり)というところに降り立ちます。
どうしようかと考えていた時に、川の上で箸が流れてくるのを発見。近くに人が住んでいるのだろうかと思い、上流に沿って歩いて行きました。
するとそこで、老夫婦が娘を挟んで泣いている光景を目の当たりにします。『なぜ泣いているんだ?』と須佐之男命が聞いたところ、老夫婦が『私たちにはもともと8人の娘がいたのですが、高志(こし)に居るヤマタノオロチによって7人の娘を毎年一人ずつ食べられてしまい、今年もその時期がやってきたので、泣いているのです』と答えました。
すると須佐之男命は『あなたたちの娘を自分にくれないか?さすればヤマタノオロチは自分が退治します。私は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟で須佐之男命と申します』と言いました。老夫婦はそれに対し『それならば畏れ多いことです。娘をあなたに差し上げますのでよろしくおねがいします』と承諾。
この老夫婦の名は夫が足名椎(あしなづち)で、足名椎は国つ神(その土地を守る神のこと)の大山津見神(おおやまつみのかみ)の息子。そしてその妻が手名椎(てなづち)で、娘の名前は櫛名田比売(くしなだひめ)。櫛名田比売はのちの須佐之男命の妻となる方です。
櫛名田比売と婚約することを条件に、須佐之男命はヤマタノオロチ退治のための準備を行います。まずは櫛名田比売を櫛に変えてそれを自身の頭に挿し、そのあと足名椎・手名椎の夫婦に八潮折(濃くて強い酒)を造らせます。そうして作った度数の高い酒を入れた大樽を8つ用意して、別で作った8つの門にそれぞれ配置し、ヤマタノオロチを待ちました。
そしてヤマタノオロチが出現し、用意した8つの器に頭を突っ込んで酒を飲み干します。飲み干したヤマタノオロチは狙い通り、度数の高い酒によって酔っぱらって寝込んでしまいました。そしてチャンスとばかりに須佐之男命はヤマタノオロチを攻撃して倒すことに成功します。
これが須佐之男命とヤマタノオロチに関する物語のあらすじとなります。須佐之男命がヤマタノオロチ討伐に際して使用した剣は、天之羽々斬剣(あめのはばきりのつるぎ)と言われる長剣の一種とのこと。
ちなみに『なぜヤマタノオロチを退治することに決めたのか』という理由についてですが、これに関しては須佐之男命が櫛名田比売に一目惚れしたからである・・・らしい。
ヤマタノオロチの正体は斐伊川で実在しない?
こうした伝説が『古事記』や『日本書紀』に書かれている訳ですが、これがどうも『ヤマタノオロチは実在せず、その正体が斐伊川に例えたものではないか』と言われているのです。
斐伊川は横田町を流れている船通山を源流とした川で、見た目が大蛇のように蛇行した形になっています。船通山の一帯は質の高い砂鉄が採れる場所となっていて、その砂鉄が斐伊川に流れて赤く染まり、製鉄する時に必要な木を伐採しまくった結果、水を貯えることが出来なくなって雨が降るたびに川が氾濫するということが起きていたと言われています。
そしてその氾濫によって村が襲われ、その光景を『ヤマタノオロチ』としたのではないかという説があるのです。それに対し『須佐之男命が治水工事を行うなどをして、川の氾濫による村の損害を無くした』として、これを斐伊川の氾濫に例えた『ヤマタノオロチ』と治水工事で川の氾濫から村を救った『須佐之男命』の戦いという形で、この物語が描かれたのではないかということです。
実際にヤマタノオロチの特徴について冒頭よりも詳しく言うと、
- 頭と尻尾がそれぞれ8つずつある大蛇
- 大蛇の目が赤い
- 体にはコケやスギ、ヒノキが生えている
- 体の長さが8つの谷と丘に渡るほど
- 大蛇の腹がいつも血でただれている
といったように、実際に斐伊川の特徴と重なる部分があります。 そのため、この物語自体が斐伊川に見立てられたものであるという説が濃厚と言われているのです。
ヤマタノオロチの尻尾から出現した剣
須佐之男命がヤマタノオロチを退治した際に尻尾を切ったところ、剣の先端が刃こぼれを起こしてしまいます。何か硬いものがあるのだろうかと探ってみたところ『ある剣』が出現しました。その剣を須佐之男命は天照大御神に献上し、その剣は『草薙剣(くさなぎのつるぎ)』と名付けられました。
『天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)』とも言われるこの剣は三種の神器の一つとして語り継がれており、現在では天皇の持つ武力の象徴として愛知県名古屋市熱田区にある『熱田神宮』の奥深くに御神体として安置されています。
三種の神器(さんしゅのじんぎ)とは、
- 天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)
- 八咫鏡(やたのかがみ)
- 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
のことを指します。残りの2つである八咫鏡と八尺瓊勾玉に関してもそれぞれ伝説があるので、興味のある方は調べてみてはどうでしょうか。
ところでこの剣に関してなのですが、『古事記』や『日本書紀』では尻尾に剣があったとしていますが、別の本で見ると尻尾では無く『腹』と書かれています。これはどっちが正しいのか不明ですが、一応尻尾を腹の一つとして書いているという風に見るのが良いかもしれませんね。
ヤマタノオロチを倒した須佐之男命の子孫は誰?
ヤマタノオロチを退治した伝説を残す須佐之男命ですが、その子孫として誰がいるのでしょうか。それは出雲に国を作ったと言われる神様『大国主命(おおくにぬしのみこと)』です。
大国主命は日本神話の一つである『因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)』に登場し、海のワニ(サメが本当のところらしい)を騙して気多岬に渡ろうとして、激怒されたワニに皮を剝がされてしまった白兎を救う神様として描かれています。
白兎を救った後は須佐之男命の娘である須勢理毘売(すせりびめ)と結婚し、須佐之男命から奪った
- 生太刀(いくたち)
- 生弓矢(いくゆみや)
で自身を殺そうとしていた兄弟神たちを追い払い、出雲に国を作りました。
神話なので実際に出雲の国を大国主命が作ったのかは定かではありません。しかし、この大国主命に関係した神社が多くあるのも事実で、この伝説はあながち嘘ではないとも言えるのではないでしょうか。
まとめ:ヤマタノオロチの正体は斐伊川というのが真実かもしれない
今回は『ヤマタノオロチの正体』についての記事を書いてきました。ヤマタノオロチは『古事記』や『日本書紀』で描かれている物語に登場する妖怪で、須佐之男命という乱暴者の神様がヤマタノオロチを退治するというものになっています。
しかし、そのヤマタノオロチの正体が『斐伊川そのもの』と言われており、その理由が『ヤマタノオロチの特徴と斐伊川の特徴があまりにも酷似しているから』ということを物語のあらすじと共に解説してきました。
もちろんこれはあくまでも仮説であり、本当にヤマタノオロチという怪物が実在したのかもしれませんので、一つの見方として参考にして頂ければと思います。
また、ヤマタノオロチの伝説が語られている神社として『斐伊神社』があり、この斐伊神社のすぐ近くにヤマタノオロチの頭を埋めた『八本杉』があるので、もし興味のある方は行ってみてはいかがでしょうか。
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